浅沼尚のプロフィールや経歴は?デジタル庁トップに起用の理由は?

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デジタル庁の事務方トップデジタル監に「浅沼尚(あさぬまたかし)」氏が就任する事になりました。

デジタル庁が発足して約半年で前任の石倉洋子氏が退任という事が話題となり、後任の「浅沼尚(あさぬまたかし)」氏にスポットが当たっています。

今回は、新しいデジタル庁デジタル監の浅沼尚(あさぬまたかし)氏についてプロフィールや経歴、これまでの実績などをまとめました。

また、デジタル庁はそもそもどんな仕事をしているのか?なども気になりましたので、合わせてまとめてみました。

目次

浅沼尚のプロフィールや経歴は?


デジタル庁で、これまでChief Design Officer(CDO)を務めていた浅沼尚(あさぬまたかし)氏ですが、そもそもどんな人物なんでしょう。

デジタル庁に起用され、デザイン部門のトップを務められている浅沼尚氏のプロフィールやこれまでの経歴を以下にまとめておきます。

浅沼尚のプロフィール

名前  :浅沼尚(あさぬまたかし)
生年月日:1946年生まれ
出身地 :東京都
主な学歴:東京都立国立高等学校 卒業
慶應義塾大学理工学部機械工学科 卒業
慶応義塾大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程 修了

浅沼尚の経歴

浅沼尚氏は、慶応義塾大学大学院理工学研究科機械工学専攻修士課程を卒業後、2001年に東芝に入社されます。

小さな頃から、デザインや工作などが好きだった浅沼氏は、慶応大学の理工学部機械工学科へ入学されますが、大学でモノ作りを学び、自身のイメージとの乖離を知る事になります。

機械工学科としてのモノ作りは、自分で課題を見つけてそれを形にするものだと思っていたのですが、実際は、浅沼氏がやりたかったモノ作りはインダストリアルデザイナーという職業であることを知ります。

当時、インダストリアルデザイナーという職業は、美大や芸術学科を卒業しなければなりませんでしたが、運よく慶應大学の大学院に日産のデザイン部門出身の教授がいることを知ります。

そこで、浅沼尚氏は、慶応義塾大学大学院へ進み、インダストリアルデザイナーの道を進むことになります。

大学院卒業後は、東芝のデザイン部門への採用が決まり、入社されます。

入社した当初、2001年の時代は、日本は、世界とも戦える環境下にあり、世界市場にも日本製品を提供できていました。

東芝でも様々な家電やデジタル製品、医療機器、インフラシステムなどの様々な分野でインダストリアルデザイナーが活躍できる時代でもありました。

そういう時代で、浅沼氏は、デザイン経験を積みます。

2009年には、コクヨデザインアワード2009で「roots(ワーキングテーブル)」をデザインし、グランプリを受賞する事となります。

rootst(ワーキングテーブル)は、テーブルの脚とケーブルカバーに連続性を持たせることにより、ケーブルラインをスマートに処理し、構造体としても機能させているとの事で、デスク周りがすっきりと見せることが出来るオフィス家具です。

参照元:https://www.kokuyo.co.jp/award/archive/prizepast/2009.html

2013年には、北米の東芝グループ会社へ映像事業のマーケティング部門のデザインディレクターとして赴任します。

その頃は、映像事業は、韓国メーカーが市場をリードする時代でした。

北米で様々な経験を経ますが、2015年映像事業を北米から撤退する事を機に日本へ戻る事になります。

日本に戻ってからは、本社のコーポレートブランディングやデザイン組織の戦略立案、デザイナーの採用や育成などに携わり、経営的な視点で業務を行う責任のある役職を任されていましたが、本来のデザインの仕事が東芝では見つからなくなっていました。

時代の変化により、モノからデジタルサービスへと変化する世の中でデジタルサービスのデザインディレクションという仕事をしたい。

そういう想いから、東芝を退職し新たな道を進むことになります。

20年に渡り東芝のデザイナーとして仕事をされてきた浅沼尚氏ですが、2018年から三菱UFJグループ戦略子会社においてCXO(Chief Experience Officer)としてデザインチームの組成、三菱UFJグループと協業による新サービス開発の体験デザイン、従業員体験デザインを中心とした組織開発などの仕事をされます。

デザインを仕事としてやりたかった浅沼氏にとって非常にやりがいのある仕事だったかと思います。

そして、2021年デジタル庁発足と同時にCDO(チーフ・デザイン・オフィサー)の役職につき現在に至ります。

そんな、浅沼尚氏が、デジタル庁の事務方トップに起用された理由は何だったのでしょう?

浅沼尚がデジタル庁トップに起用された理由は?

デジタル庁は、2021年9月に発足され、その概要は以下の通りです。

デジタル庁は、デジタル社会形成の司令塔として、未来志向のDX(デジタル・トランスフォーメーション)を大胆に推進し、デジタル時代の官民のインフラを今後5年で一気呵成に作り上げることを目指します。

徹底的な国民目線でのサービス創出やデータ資源の利活用、社会全体のDXの推進を通じ、全ての国民にデジタル化の恩恵が行き渡る社会を実現すべく、取組を進めてまいります。

参照元:https://www.digital.go.jp/about/

当時の事務方トップであった、「石倉洋子」氏が、わずか7か月で体調不良を理由に退任されることになりました。

元々、菅元首相の肝いりでスピード発足したデジタル庁は、発足当初こそ期待があったものの、菅首相の退陣や、事務方No2とNTTとの接待問題でことごとく裏切られる形となり、更には、マイナンバーカードと免許証の一体化、テレワーク推進など、未完成な事がここ一年続いていました。

また、デジタル庁発足時には、「石倉洋子」氏が「デジタル知見は関係ない」のような発言もされてあったのですが、やはり、デジタル知見は必要だったようで、知見不足も含めて、退任されたのではないかと予想されます。

後任については、やはり、官僚の不祥事やデジタルの知見不足、更には役員の高齢により、世界と比べてもデジタル化がかなり遅れている日本では、必然的に、民間出身のデジタル知見に明るい若い人を選ばないと、この先の未来はないと考えたのでしょう。

そういう背景であるならば、浅沼尚氏が一番適役とも言えますし、若いし海外での経験もある事で、白羽の矢が立ったのではないでしょうか。

まとめ

今回は、新しくデザイン庁の事務方トップデジタル監へ就任発表された、浅沼尚氏について調べてみました。

家電やデジタル機器のデザインを長年されてきて、デジタルサービスの立ち上げにも精通されている浅沼尚氏。

これまでの老人ばかりの古い体制を少しでも打破して未来の日本の基盤を構築していただきたいと思います。

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